ABOUT
想い

職人・鳥飼(Terutake)
「近くにこんなお店があったらいいな」──
そう思ってもらえたら、うれしい。
基本に忠実なパン作りを、ふじみ野で続けています。
パン職人になるまで
— 32歳からの転身について
大学を出てから約10年、主に機械設計に携わる仕事をしてきました。当時の自分としては、ベストの選択をしてきたつもりだし、また上司や同僚にも恵まれ、社会人として充実した生活を送っていました。
一方、学生の頃から親しい友人には「パン屋になりたい」と言い続けていたんです。小さな子供が憧れで「将来パン屋さんになりたい」という感覚と近いのかもしれませんが、自分自身の根っこにそのような思いが存在していたのも事実です。
32歳のとき、先のことを決めずに会社を辞め、四国のお遍路へ。自分がどうしたいのか。どうすれば自分らしく生きられるのか。毎日40km以上歩きながら自分と向き合う中で、ひとつの決断に至りました。
──やっぱり、パン屋をやろう、と。
乗鞍、そしてブロートハイムへ
— 修業のはじまり
32歳。まったくの素人からのスタート。学生時代に多くの時間を過ごした長野の自然の中──乗鞍の石窯パン工房で、山小屋暮らしの3年を過ごしました。
「スタートは遅いけれど、パン職人として長く続けていきたい。その為には本物の基本を学ぶ必要があるのでは?」。そう考えていた頃、たまたま手にしたパン雑誌で、恩師(後に修業をさせていただくブロートハイム店主)の記事に出会います。「パン作りにはすべて理由がある。基本が大事」──当時の自分にとってまさに腑に落ちる言葉であり、この出会いが、自分のパン人生の大きな分岐点に。
有名店だから、ドイツパンが好きだったから──ではなく、その考えに惹かれて、手紙を書き、研修を経て、35歳でブロートハイムへ。そこから8年半、修業を続け基本に忠実なパン作りを学びました。
ドイツパンを選んだ理由
— 自分の武器として
修業先で身に付けたパン作り──それが、今の自分の骨格です。基本に忠実なパン作り。すべての作業に意味がある。
決してドイツパンだけを学んだわけではありません。フランスパン、食パン、菓子パン、クロワッサン──すべてに同じ「基本」が貫かれていて、温度や時間などのデータを取り、生地の状態を見極めて、生地そのものをおいしく作る。
このパンを、地域の人に届けたい。その先に、お客様の笑顔がある。ふじみ野で、本格的なパンを楽しんでもらえる──そんなお店にしたかった。
──「ドイツパン」。
小さなお店として戦っていくことを考えたとき、本格的なドイツパンを焼いているお店は、決して多くありません。修業先で身につけたものを、自分の武器にしたい──そう思って、ドイツパンをお店の主力商品に選びました。
けれど、お店に並ぶどのパンも──フランスパンも、食パンも、菓子パンも──同じ気持ちで、基本に忠実に焼いています。
ふじみ野に、呼ばれて
— 2018年6月 開業
実家は隣の所沢市。はじめは所沢で、物件を探していました。たくさん見て回ったのですが、なかなか「ここだ」という感覚に出会えなくて──。範囲を広げて、お隣のふじみ野市へ。たまたまたどり着いたのが、この物件でした。
正直、最初に話を聞いたとき、「一人でやるには広すぎる」と思いました。それでも、不動産屋さんに「広いと思いますけど、一度見てみませんか」と背中を押されて、部屋に足を踏み入れた瞬間──。
不思議なくらい、居心地がよかったのです。それまで見てきたどの物件でも、感じたことのない感覚でした。
扉を開けて、すぐに車道があるのではなく、広い歩道が迎えてくれる。ベビーカーのお客様も、安心して入れる場所──。そんな佇まいも、好きになれた理由のひとつでした。
2018年6月。ふじみ野のこの場所で、小さなパン屋を始めました。ご縁としか言いようのない、不思議な出会いでした。
日々のパン作り
— 今、大切にしていること
修業先のように、温度・湿度・発酵時間などのすべてのデータを記録する──正直、そこまではできていないところもあります。それでも、自分が大切にしていることは変わりません。基本に忠実なパン作りです。
流行りのパンでもなく、国産小麦を使ってるからいいというわけでもありません。使っているのは、普通に手に入る粉です。ミキシング、成形、発酵、焼き──そのすべての工程を、適切に行う。パンの製法から導かれる味わいを、最大限に引き出すこと。それが、自分のパン作りです。
基本を、毎日ちゃんと続けること。そうすればきっと、美味しいパン・お客様を笑顔にするパンを作り続けることができるはず──今も、そう信じています。
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